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東京地方裁判所 昭和29年(ワ)6579号 判決

原告 黄振東

被告 国

訴訟代理人 星智孝 外三名

主文

一、原告の請求はこれを棄却する。

二、訴訟費用に原告の負担とする。

事実

原告は、「一、被告は原告に対し、金一億五千三百五十九万五千百円及びこれに対する昭和二十年六月二五日以降右支払ずみに至るまで年五分の利息を支払うことを要する。二、訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求原因として

(一)  原告は、昭和二十四年までは中華民国上海に居住し、同年以降は英領香港に居住する中国人である。

(二)  原告は、昭和十七年一月十日上海において、訴外帝国船舶株式会社との間に、日本法に準拠し、原告所有のポルトガル国籍汽船プルトー号(総屯数三千八百二十六屯、重量屯数五千九百屯)を、期間二ケ月、右訴外会社は船主に通知して第三者に再傭船させることができるとの約定で、傭船契約を締結した。

(三)  右傭船契約は、右期間の満了により逐次同一条件をもつて更新されたが、昭和十七年九月二日右訴外帝国船舶株式会社は訴外船舶運営会に対し、期間は原傭船契約の範囲内において逓信省海務院の指示する期間と定めた外は原傭船契約と略同様の約定で、本件汽船を再傭船し、以後右訴外船舶運営会が本件汽船を運航使用していたところ、原告と右訴外帝国船舶株式会社間の第五次傭船契約(期間は一ケ年)は昭和十九年十月二十四日期間の満了はよつて終了したから、本件汽船の再船傭者である右訴外船舶運営会は所有者である原告に対し、同日以降本件汽船を返還する義務が生じた。右傭船契約及び再傭船契約の法律上の性質は、船舶賃貸借及び転貸借であるが、仮りにそうでないとすれば、いずれも定期傭船契約である。

(四)  しかるに右訴外船舶運営会は、原告に対して本件汽船を返還することなくその使用を継続していた為、昭和二十年六月二十四日頃本件汽船は朝鮮木浦附近で沈没し、原告に対して本件汽船を返還することが不能となつた。よつて右訴外船舶運営会は原告に対し、原告が蒙つた損害を賠償する義務がある。

(五)  しかして本件汽船の価格は、右沈没当時米貨四十二万六千六百五十ドル相当であつたところ、これを現在の邦貨に換算すれば金一億五千三百五十九万五千百円となるから、原告は本件汽船の喪失によつて右金額の損害賠償を求める権利がある。

右米貨を以つて基準としたのは、右損害発生時と現在との間において殆んど貨幣価値に変動がない為である。仮りに右主張が認められないとしても、本件汽船は右沈没当時邦貨金百八十五万五千円であつたところ、その後邦貨の貨幣価値は著しく下落したから、事情変更の原則が適用さるべきである。仮りに以上の主張が認められないとしても、連合国財産補償法第五条第二項の規定を準用し、本件気船の沈没による原告の損害額は、原告が本件汽船と同様の汽船を現在本邦内で買い入れるために必要な金額が賠償さるべきであるから、前記原告主張の損害額は正当である。

(六)  しかるに右訴外船舶運営会は、昭和二十四年四月一日商船管理委員会の設立と共にこれに吸収され、右委員会が前記損害賠償債務を承継し、次いで「商船管理委員会の解散及び清算に関する法律」(昭和二十七年法律第二十四号)に基いて右委員会は解散し、被告が右委員会より前記損害賠償債務を承継した。よつて、原告は被告に対し、前記金員及び之に対する前示損害発生の日の翌日たる昭和二十年六月二十五日以降年五分の利息の支払を求める、と述べた。

被告は、主文同旨の判決を求め、答弁として

(一)  原告の国籍及び居住地が主張のとおりであること、訴外帝国船舶株式会社が主張の日時主張の場所において、主張の如く日本法に準拠し、主張の約定の傭船契約を締結したこと、そして右傭船契約が期間の満了により逐次同一条件で更新されたこと、原告主張の日時訴外船舶運営会が右訴外帝国船舶株式会社より本件汽船を主張の約定で再傭船し運航使用していたこと、右訴外船舶運営会が本件汽船を運航使用中主張の日時頃主張の場所において沈没したこと、右訴外船舶運営会が主張の日時商船管理委員会に吸収されたこと、更に右委員会が主張の法律に基いて解散したこと、以上の事実は認める。

(二)  併し、本件汽船が原告の所有であること、原告が右訴外帝国船舶株式会社と傭船契約を締結したこと及び本件傭船契約が賃貸借であることは、何れも否認する。本件汽船はポルトガル人訴外アルブス、エー、リコの所有であつて、右訴外帝国船舶株式会社は右訴外人と前記傭船契約を締結したのである。しかして右傭船契約及び再傭船契約の法律上の性質は、いずれも定期傭船契約である。原告は、右訴外リコの代理人として右傭船契約の締結及びその後の更新に関与したに過ぎない。従つて原告は本件汽船の所有者として損害賠償を求める適格を有しない。

(三)  仮りに然らずして原告が本件汽船の所有者であり原告と右訴外帝国船舶株式会社との間に本件傭船契約が成立したものであるとしても、右契約は主張の如く逐次更新されて第五次傭船契約(期間は一ケ年)は昭和十九年十月二十四日期間が満了したが、原告は、右訴外船舶運営会がその後も引続き本件汽船の使用を継続していたことを知りながら、約三ケ月間何らの異議も述べなかつたから、同一条件(期間は昭和十九年十月二十五日以降一年間)を以て更新された。従つて本件汽船の沈没当時原告と右訴外帝国船舶株式会社間の傭船契約は存続していたものであるから、本件汽船の再傭船者である訴外船舶運営会は、原告に対する本件汽船の返還義務の履行を遅滞していたことにはならない。

(四)  仮りに右主張が認められないとしても、右訴外船舶運営会(再傭船者)は傭船者たる右訴外帝国船舶株式会社を代理して昭和十九年十月二十日頃原告に対し、前記第五次傭船契約と同一条件による契約の更新を申入れたところ、原告は昭和二十年一月十五日右申入れを承諾したから、右契約は合意により同一条件を以て更新せられ、本件汽船の沈没当時原告と訴外帝国船舶株式会社間の傭船契約は存続していたものである。

(五)  而して本件汽船は交戦時に於ける敵空軍機(米国空軍機)の銃撃によつて沈没したのであるから不可抗力によるものであり、従つて、前記訴外船舶運営会は損害賠償の義務を負わない。

(六)  仮りに原告が、右訴外船舶運営会に対し本件汽船の沈没による損害賠償請求権を有するとしても、右請求権は戦時補償特別措置法(昭和二十一年法律第三十八号)に規定されている戦時補償請求権に該当するところ、同法第十四条第十七条同法施行規則第二十五条によれば、右戦時補償請求権を有する者が昭和二十一年十二月十四日までに所定事項を記載した申告書を政府に提出しなかつた場合は、右期限の経過と共に右請求権は消滅することと定められている。しかるに原告は、本件汽船の沈没による損害賠償請求権について右申告書を右期日までに政府に提出しなかつたものであるから、昭和二十一年十二月十四日の経過と共に右損害賠償請求権は消滅した。

(七)  仮りに右主張が認められないとしても、被告は前記商船管理委員会より本件損害賠償債務を承継していない。

(八)  原告主張の損害額は争う、右損害額は本件汽船沈没当時における本件汽船の邦貨による価格でなければならない。

よつて原告の本訴請求は失当である、と述べた。

原告は被告の右抗弁に対し

(一)  本件汽船は原告の所有であつて、原告は昭和十三年頃ポルトガル人訴外アルブス、エー、リコと、英法に準拠して、本件汽船は右訴外人名義を以て登記をするも原告の所有であること、右訴外人は原告の命ずる侭に本件汽船の譲渡その他の処分をなすこと、本件汽船の運営はすべて原告がなす旨の信託契約を締結し、右約旨に基いて右訴外人所有名義に登記したのに過ぎない。

仮りに原告の本件汽船の所有権が認められないとすれば、原告は右訴外リコに対する右信託契約上の本件汽船の返還請求権に基いて、右訴外人の被告に対する本件損害賠償請求権を代位して被告に対し請求する。

(二)  訴外船舶運営会が前記第五次傭船契約の期間満了後も引続き本件汽船の使用を継続していたのを知りながら、原告が約三ケ月間何等の異議を述べなかつたことは否認する。原告は、訴外帝国船舶株式会社の代理人である訴外山下汽船株式会社に対し、契約更新拒絶の意思を表明し続けていたから、被告主張の黙示による契約更新の効果は生じない。

(三)  仮りに前記第五次傭船契約が黙示によつて更新されたとしても、原告は昭和二十年一月十五日右訴外帝国船舶株式会社の代理人である右訴外山下汽船株式会社に対し、解約の申入れをしたから、民法第六百十九条第一項但書第六百十七条により同年同月十六日の経過と共に更新された傭船契約は終了した。

(四)  右訴外船舶運営会が原告に対し、主張の日時主張の如き契約更新の申入れをしたことは認めるが、原告が主張の日時右訴外船舶運営会に対し、右契約更新の申入を承諾したことは否認する。原告は主張の日時右訴外船舶運営会に対し、傭船料を金銭で支払う契約更新には応じられないとして、即時本件汽船の返還を要求したのである。

(五)  本件汽船が米国空軍機の銃撃を受けて沈没したことは認めるが右訴外船舶運営会は、自ら求めて交戦状態に入り敵国の攻撃を招いた交戦当事国の機関であるから、その責に帰すべき事由によつて本件汽船の返還義務の履行を不能ならしめたものである。よつて右訴外船舶運営会は右履行不能によつて生じた原告の損害を賠償する義務がある。

(六)  戦時補償特別措置法は、戦時補償請求権の全額を税として徴収せんとするものであるから、私有財産の保護を明示している我国の新旧憲法に違反し無効である。

仮りに憲法違反でないとしても、同法は外国人である原告には適用されない。

仮りに原告に同法の適用があるとしても、原告の本件損害賠償請求権は同法第一条第一項但書第四項同法施行規則第六条所定の戦時補償特別税の非課税請求権と解せられるから、同法によつて消滅しない。

(七)  仮りに被告が商船管理委員会より本件損害賠償債務を承継していないとしても、「商船管理委員会の解散及び清算に関する法律」によれば、同委員会の清算手続結了後にはその残余財産が国庫に帰属することは明らかである。そして残余財産が国庫に帰属した後においてなお同委員会に除斥されない債務がある場合には、被告国は当該債務額相当の不当利得をしたことになり、同委員会に対しその返還義務を負うことになるから、右非除斥債権者は被告に対し、同委員会の被告に対する右不当利得返還請求権を代位行使できる。原告は訴外船舶運営会に対し本件損害賠償を請求しているから、右訴外船舶運営会の承継人である商船管理委員会の清算事務に際し知れたる債権者であつて本件損害賠償請求権を除斥することはできない。よつて原告は右委員会に対する右債権に基き右委員会に代位して右委員会の被告に対する不当利得返還請求権を行使して本訴請求をする、と述べた。

被告は原告の右再抗弁に対し

(一)  訴外山下汽船株式会社が訴外帝国船舶株式会社の代理人であることは否認する。従つて仮りに原告が訴外山下汽船株式会社に対し、原告主張のように第五次傭船契約更新拒絶の意思表示をなし、反主張の日時解約の申入れをなしたとても、その効果は右訴外帝国船舶株式会社に及ばない。

(二)  仮りに右訴外山下汽船株式会社が右訴外帝国船舶株式会社の代理人であつたとしても、右解約の申入れは右訴外帝国船舶株式会社が石炭の買付運搬という役務の提供を承諾しなければ解約するという趣旨であるところ、右訴外会社はその頃原告に対し右役務の提供を承諾したのであるから、右解約申入れの効果は発生していない。と述べた。

立証〈省略〉

理由

一、訴外帝国船舶株式会社が、昭和十七年一月十日上海において、日本法に準拠し、本件汽船を期間二ケ月、船主に通知して第三者に再傭船されることができるとの約定で、傭船したことは当事者間に争いない。そこで本件汽船の所有者及び右傭船契約における被傭船者が原告であつたかどうかについて検討してみるに、成立に争いない甲第一号証の一乃至三によれば、本件汽船は中国人である原告の所有であつたが、原告は戦争による不測の事態発生に備えてその権利を保護するため、昭和十六年四月七日当時中立国であつたポルトガル国人訴外アルブス・エー・リコとの間において、本件汽船の実質上の所有者は飽くまで原告であることを確認し、その一切の処分権限は原告が留保する旨約した上で、本件汽船をポルトガル国籍となし右訴外人所有名義に登記したことが認められ、又その成立に争いない甲第二号証によれば、右傭船契約における被傭船者が原告であつたことは明らかであるのみならず証人納富政彦、同喜多村高敏、同島宗貞次、同渕脇正熊、同志村正の各証言を綜合すれば、本件汽船の傭船者である訴外帝国船舶株式会社は、当初の傭船契約の締結においてもその後における累次の契約更新にあたつても常に原告が本件汽船の所有者であることを認め、原告を相手方として本件傭船の交渉にあたつたことが認められる。成立に争いない乙第一号証の一(第五次傭船契約書)中に被傭船者ルソー汽船会社の代理人として原告の署名が存するが此の点は前記認定と矛盾するものでない。故に此の点に関する被告の抗弁は理由がない。

二、ところで本件傭船契約の法律上の性質につき、船舶賃貸借契約であるか或は所謂定期傭船契約であるかについて争いがあるので検討するに、本件傭船契約書である前記甲第二号証によれば、本件傭船契約は国際間の定期傭船契約において通常採用されている千九百十二年のバルト海会議で協定した定期傭船契約の普通約款に準拠しているのみならず、その内容に付て見ても船舶の占有と管理は所有者たる原告の手に留保されて居る事を認め得るから本件傭船契約は普通の所謂定期傭船契約、即ち船舶の傭入れ契約或は運航契約であり、船舶賃貸借ではないと解すべきである。

三、次に本件傭船契約が最初二ケ月の約定期間の満了により其の後逐次同一条件但し期間は一年として更新されたこと、そして昭和十七年九月二日前記約定に基き訴外船舶運営会が訴外帝国船舶株式会社より期間は原傭船契約の範囲内において逓信省海務院の指示する期間と定めたほかは原傭船契約と略同様の約定で本件汽船を再傭船したことは当事者間に争いないから、右訴外帝国船舶株式会社、船舶運営会間の右再傭船契約も原傭船契約と同様に所謂定期傭船契約と解せられるところ、右訴外船舶運営会が再傭船した右日時以降本件汽船を運航使用していたこと、そして原告及び訴外帝国船舶株式会社間の原傭船契約である第五次傭船契約が昭和十九年十月二十四日その期間が満了したことは当事者間に争いないから、右第五次傭船契約が更新せられない限り、再傭船契約も亦同日を以て終了したものと解すべく、従つて、同日以降(但し契約所定の猶予期間はあるが)右訴外船舶運営会(右訴外帝国船舶株式会社も同様)は本件汽船の所有者である原告に対し、本件汽船を所定の引渡港たる上海に於て引渡すべき履行の責に任ずべきものである。(船舶所有者は再傭船契約の当事者ではないから再傭船者に対し一般に直接契約上の船舶引渡請求権を有するものではないが、本件に於ては前記の如く原傭船契約と再傭船契約とは其の期間引渡港等全く同一に定められて居り、且つ、契約成立の事情並に其の後の経緯に照せば再傭船者は直接所有者に対し本件船舶を引渡すべき義務を負担したものと解する事が出来る。)

四、よつて進んで右第五次傭船契約が更新せられたか否かについて按ずるに、訴外帝国船舶株式会社が昭和十九年十月二十日頃原告に対し、第五次傭船契約と同一条件による契約の更新を申入れたことは当事者間に争いなく、成立に争いない乙第九号証、第十号証、第十一号証の一及び二、証人喜多村高敏、同渕脇正熊、同志村正の各証言並びに証人納富政彦、同島宗貞次の各証言の一部とを綜合すると、原告と右訴外帝国船舶株式会社間の前記第五次傭船契約の期間が満了した前記日時当時は、第二次大戦に漸く末期の様相を帯びて戦闘は益々苛烈さを加え、これが反映して原告の居住していた上海においては邦貨の貨幣価値は低落し物価は著しく昂騰していたため、原告は右第五次傭船契約の更新申入れに対し従来の如き邦貨による傭船料の支払いでは到底採算がとれないものと判断し、訴外山下汽船株式会社上海支店を通じて右訴外帝国船舶株式会社に対し、邦貨のみによる傭船料の支払いでは契約の更新には応ぜられないが、原告としては青島又は秦皇島において石炭を買入れこれを上海に運搬売却して利益を得たいから、若し右訴外帝国船舶株式会社の斡旋尽力を得られるならば、傭船料を従来のまま据置き右石炭運搬に必要な期間だけ傭船休止として契約更新に応ずる旨申入れたこと、そして原告の右意思表示は昭和二十年一月十五日右訴外帝国船舶株式会社に到達したこと、そこで当時一隻でも多くの船舶を必要としていた右訴外会社は同年同月十七、八日頃右訴外山下汽船株式会社に対し原告の右申入れを承諾する旨回答したこと、しかし原告が入手を欲していた石炭は当時日本軍の物資移動計画の対象になつていてこれが移動について日本軍当局の許可が必要であつたので、原告及び右訴外山下汽船株式会社上海支店は右許可を得るため上海海軍武官府と交渉をしたこと、しかし容易に右武官府の許可が得られず交渉は長引いたが、結局昭和二十年五月頃当時右上海海軍武官府に勤務していた渕脇海軍少佐は原告が申入れていた青島又は秦皇島の石炭代りに支那方面艦隊の軍需部より必要物資を出して貫うことに決め、原告を右軍需部の小島部員に紹介した結果、間もなく原告と右小島部員との間に物資の授受について諒解の成立したことが認められる。右認定に反する証人納富政彦の上海海軍武官府が本件汽船には無関係であつた旨の証言並に証人島宗貞次の上海海軍武官府が最後まで原告の要求を拒絶しても本件汽船を使用する心算であつた旨の証言は、前記証人渕脇正熊、同志村正の各証言に照し措信し難い。

以上の事実からすれば当時通信連絡の困難に加えて原告の申入れが仲々実現し難い状勢にあつたため、本件第五次傭船契約更新の交渉が相当難航したことは認められるけれども、原告としては右交渉にあたり右傭船契約の更新を全面的に拒絶する意思ではなくその条件次第では何時でも更新に応ずる意思であつたところ、最後に支那方面艦隊の軍需部と交渉した結果原告の希望が略々実現せられる見透しを得て第五次傭船契約の更新を受諾したものと解せられ、結局原告と訴外帝国船舶株式会社との間の右傭船契約が黙示によつて更新せられた旨の被告の主張は認め難いが、遅くも昭和二十年五月頃には当事者双方の合意により第五次傭船契約と同一の条件で更新せられたものと認定するのを相当とする。

原告訴外帝国船舶株式会社の代理人である訴外山下汽船株式会社に対し、契約更新拒絶の意思を表明し続けていた旨主張するけれども、右主張に副う証人納富政彦の証言は契約更新の交渉過程における原告の申入れであつて前記認定を妨げるものではなく、又原告は昭和二十年一月十五日右訴外帝国船舶株式会社の代理人である右訴外山下舶船株式会社に対し解約の申入れをした旨主張するけれども、本件は前記認定の如く定期傭船契約であるのみならず右申入れにおける原告の真意は前記の如くであつて結局原告の希望が実現せられる見透しがついたことによつて前記の如く原告は契約の更新を受諾したものであるから、原告の右申入れによつて原告と訴外帝国船舶株式会社間の本件汽船に対する傭船契約が終了したものということはできない。

五、本件汽船の再傭船者である訴外船舶運営会が、前記第五次傭船契約の期間満了時である昭和十九年十月二十四日以降も引続き本件汽船を運航使用していたこと、そして昭和二十年六月二十四日頃本件汽船が朝鮮木浦附近において米国軍機の銃撃を受けて沈没したことは当事者間に争いなく、原告は、先づ右沈没が右訴外船舶運営会の原告に対する本件汽船返還義務の履行遅滞後に生じ履行不能であることを前提として、本件損害賠償を請求するのである。

しかしながら前記認定の如く原告と訴外帝国船舶株式会社間の第五次傭船契約は同一の条件をもつて更新せられ、右第五次傭船契約における契約期間が一年であること当時者間に争いないから更新せられた傭船契約は第五次傭船契約の期間が満了した日の翌日である昭和十九年十月二十五日より起算して一年間は存続すべきものであり、従つて本件汽船の右沈没当時において右訴外船舶運営会の原告に対する本件汽船の返還義務は、未だ履行期が到来していなかつたものといわなければならない。しかして右沈没は敵機の攻撃という右訴外船舶運営会が損害発生の防止に必要なる一切の手段を尽すもなお避けることができない出来事、即ち、不可抗力に基因するものであるから、右訴外船舶運営会は原告に対して本件汽船の右沈没による損害を賠償する義務はない。

ところで原告は、右訴外船舶運営会は自から求めて交戦状態に入り敵国の攻撃を招いた交戦当事国の機関であるから、その責に帰すべき事由によつて本件汽船の返還義務の履行を不能ならしめたものであるから不可抗力の抗弁は失当である主張するけれども、今次大戦にあたり日本が自から進んで戦争を挑撥したのと即断し得ないのは勿論、本件は船舶運営会と云う法人の私法上の責任に関するものであり一般個人の場合と区別すべき理由はないから原告の右主張は理由がない。

以上のとおり、右訴外船舶運営会は原告に対して、本件汽船の沈没による損害を賠償する義務がないから、その義務のあることを前提とする原告の本訴請求は、この点において失当として棄却すべきである。

六、訴訟費用負担の裁判は民事訴訟法第八十九条による。

(裁判官 安武東一郎 柴田久雄 鳥羽久五郎)

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